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Vol.32 リップル信者・鈴木 宙の「仮想通貨500万円が50万円になりました」

〜YAH YAH YHA〜

新型コロナウィルスが世界中に蔓延している。
さらにビットコインも、急上昇からの急降下など、予断を許さない状況だ。
1日10万円以上、ビットコイン価格が上昇した日もあった。
世界が混沌として、接触レベルでもコロナウィルスがかかってしまうのではないか?と恐れている今(まだコロナ感染についての具体的な詳細は分かっていないが)、こういう時こそ、ビットコイン、仮想通貨のような非接触型のお金の出番だ!
ピンチをチャンスに! コロナは1日でも早く終息してほしいが、この流れで各仮想通貨のいろんな優位性を人々に伝わってほしい。

とはいえ実は僕、そんなこと言っている状況ではない。
これまで1日5回は、仮想通貨のチャートを見ては一喜一憂していたのだが、前回のこのコラムで書いた通り、僕が正社員として籍を置く人材派遣会社が、コロナ感染の影響で人が集まらず倒産したのだ。
この人材派遣会社は、物流をメインに置き、パートさん達を倉庫内に送り込み、業者から注文を受けた雑貨を段ボールに詰めて送る会社だ。正直、倉庫の中なので空気の循環も悪く、1人でもコロナに感染したら、一気に多数の人が伝染するだろう。だからこそ、倉庫の中で働くのが怖いみたいで、1月の下旬あたりから、倉庫内作業者のパートさん達がやめていった。僕は感染が怖くて、1月から倉庫どころか人材派遣会社にも行っていない。

そして人が集まらなくなったせいで3月の上旬に僕の働く人材派遣会社は不渡りを出して倒産。しかも、僕がその事実を知ったのは3月の中旬だ。それまで正社員でありながら誰も会社がコケたことを教えてくれなかったのである。ここは根に持っている。役員が僕にはバレるまで内緒にしとくつもりだったみたいだ。理由は後述する。
僕は、人材派遣会社の正社員と書いたが、元はといえば某大手出版社でライターや編集をやっていた。そこの編集部だけでも年間700〜800万円の収入があり、さらに他の出版社でも原稿を書いていたので、年収が最低でも1000万円は超えていた。最高月収は、いろいろな取材が重なって300万円はあったと「思う」。
「思う」というのは、我が鈴木家は家計簿もつけないほどお金にルーズであるのが僕にも遺伝し、しかも出版の仕事は複数の会社と取引があったので、毎週のように数十万円は口座に原稿料が入ってくる。
さらに、お金が足りなくなったら、メールで中小企業勤務の父親に金の無心をしていた。とんでもないバカ息子である。多分、大学時代の学費と生活費を除いても数千万円は親から仕送りしてもらっている気がする。
よく売れ始めの芸能人が、「今はいいけど、こういうのは長く続かない」と、次の芸や技能を身につけたりする。
僕も、20代前半で年収が1000万円を超えたが、「もって2、3年だろう」と危機感は抱いていた。しかし、僕は「運」だけで某大手雑誌で15年くらい仕事をし、年収が1000〜1500万円、さらに親から月に20万近くもらっていた。他にもゲームも作ったりしていたので生涯収入はすでに3億円近くはありそうだ。
こういう話をすると「親がかわいそう」とか「穀潰し」とか何度も言われてきた。
しかし、別の角度から考えると何十年か後に遺産で入ってくるお金なので「先払い」で、お金をもらっていると考えている。兄弟間で、遺産相続が起きそうな予感がする人は、親がお金に対してルーズな人なら、今のうちにもらえるものはもらっておくべし。不動産はもめるのでキャッシュで(人としてクズなのは分かっています)。

こう言う風に言うのは理由がある。ウチの父がたの祖父は資産家で、家屋の他に現金で6億円くらい持っていた。その祖父は僕が中学生の頃に亡くなった。
遺言書はなかったので、普通に考えると祖母に半分の3億円、また父は3人兄弟なので残りの3億を3で割って、我が鈴木家には1億円は入ってくるはずだった。
しかし、父の姉にあたる長女(僕にとっては伯母にあたる人:僕は「クソババア」と呼んでいる)が、その地方の風習として長男である父の兄が2億円を相続、長女が9千万円と家屋を相続、次男の我が父はたったの1千万円という遺産の割り振りを主張してきた。正直、びっくりした。
長男が兄弟間の遺産のほとんどを持っていき、我が家には6億円以上の遺産が1千万円しか入ってこなかったのである。長男に全くの遠慮はなかった。
しかし、父は地元の風習として仕方ない…と嘆いていた。僕は、その時まだ中学生だったが、大人だったら裁判に訴える事案である。もう時効でどうにもならないが、とんでもない話だ。
日本古来の家父長制とでも言うのだろか。うちの父の地元では家族間において、祖父が一番権力を持ち、その次に祖母、そして後は兄弟の生まれた順番なのだそうだ。
こういう経緯もあって、「お金はもらえるうちにもらえ」「親のスネはかじれるだけかじれ」という、とんでもないクズの発想が僕に生まれた。ま、思春期なので仕方ない(弁解)。

で、話は戻るが3年くらい前のことである。遊びすぎてお金が足りなくなり、「僕が働いている編集プロダクション(父には編プロで働いていることにしていた)が出版不況で月給20万円に減った」とメールをし、いつものようにお金をせびった。父親は30歳の半ばで「少なすぎる!」と言って、「早く転職しろ」と行ってきた。親の気持ちも分かるが、実際の年収はフリーランスで1,000万円以上もらっていたので、辞めるに辞められない。
ここで、さっきの父の姉・通称「クソババア」の登場である。
同時期に、このクソババアが、「お前がいつも甘やかすからダメなんだ!」と父に余計なことをチクチク言ってくるようになった。ある時は、電話で。ある時は、メールで。ある時は、手書きの手紙で。
地方の風習で姉に頭の上がらない父は、僕にはそのことを伝えていなかったが、僕の母親からそのことを聞いて心を痛めた。ただ、痛めただけあって、これからも、仕送りはしてもらうつもりは変わりなかったが…。
このクソババアは、自分の職歴はキリスト教の修道院の手伝いしかしたことないのに他人には厳しい。しかも、家は実家な上、祖母も亡くなったので多分1億円くらい持っているのに我が家の家計が一時的に苦しい時があっても苦言だけ呈して援助も何もしてくれないキリスト教の慈愛の精神が全く欠如したババアだ。
過去の祖父の遺産とかには遡れないが、このババアがこの世の中からいなくなったら、半分は道義上修道院に寄付して、残りの配分は我が鈴木家がなんとしても奪い取るつもりである。作戦はあるけど言えない。ただ、ゲットできたら、ビットコインに全額投資するつもりだ。

そして、話は戻るが3年前の季節は今の時期だ。毎度のごとく遊びすぎで全財産が5万円くらいしかなかった。しかし、その月はマンションの更新のお金が必要だったことを忘れていた。しょうがないので、父にメールした。中目黒のおしゃれマンションに住んでいたので30万円くらいした。
父は、「マンションの更新費は払ってやるから、紹介する会社に入れ」と言ってきた。なんでも父の部下の人材派遣会社の社長が「ぜひ息子さんに手伝って欲しい」と言ってきたとのことである。
そこで父がお金を渡すには、父の部下が起業した会社に入ることを条件として言ってきた。
言っておくが父が勤務する会社の部下がビットコインで稼いだお金で、人材派遣会社を設立し代表取締役になった。父の勤める会社は、副業禁止である。
なのに、その部下は、理由は知らないが会社を辞めずに副業で物流の人材派遣会社を作った。

物流の人材派遣会社にしたのは一緒に出資して設立したパートナーが、人材派遣会社の元役員で、そこの人脈を使おうとしたからである。
しかも、立ち上げたばかりなのに20人の正社員を抱えた。資本金、運転資金を合わせて会社にあるお金は5000万円くらいだ。20人も社員を抱えて、パートさんに払う給料を考えたら、運転資金だけで数ヶ月もつか? 河合塾の全国模試で数学が偏差値32を取ったことのあるおバカさんの僕でも分かる。予想通り「会社」と言うより「会社ごっこ」で、数ヶ月後に会社の運転資金は無くなった。

ここから、僕の人生が狂うことになる。人材派遣会社の社長との面談で、仕事の内容は品川にある会社のHP制作と総務で、空き時間はライターとか好きなことをしていいという条件で入った。月収は額面で40万円くらいだったと思う。しかも、家は社宅として家賃全額払ってくれるという。これに、あとは雑誌の連載を続けたら、年収1000万円以上いくだろう。僕は、父からマンションの更新料をもらうことだけに、その人材会社に入った。単なるおこずかい稼ぎにはなるかなくらいの軽い気持ちだった。
そしたら、入って数ヶ月で業績不振による家賃補助がカットされた。しかも、会社のホームページで求人募集する仕事だったのに、入って一週間で、前述した倉庫の梱包作業の手伝いに行かされた。しかも、倉庫は関東圏内の奥地にあるので、中目黒からだと2時間半かかる。さらには物流の朝は早く、僕は早朝の5時半に家を出ないといけなくなった。
必然的に取材やインタビューのあるライターや編集の仕事ができなくなった。
その時点では家賃が全額補助から半額補助に減額されていた。しかも、家から現場の定期代は3万円かかる。それを経費で請求しても入っているときと、入っていないときもあった。
親に不満を漏らしたら「とりあえず、近くに引っ越せ。引っ越し代出してやるから」ということになった。父は、中小企業の役員なので息子が正社員で働いている、世間的体裁が欲しかったようだ。
結局、減額されたといえど半額は補助されていたので、家賃13万円の家族世帯が住むマンションに引っ越した。この時点で僕は、月収は前年に100万近くあったのに、30万円くらいになっていた。

それから1ヶ月後…僕が働いていた倉庫が売り上げ不振で我が人材派遣会社は撤退することになった。そして、僕はなぜか兵庫県の尼崎の工場に飛ばされることになった。
最初、社長との面談で話したのは正社員で品川の事務所でホームページを作るだけの仕事。雑誌の取材や打ち合わせがあったら、そっちを優先していいという条件で入った。家賃も全額補助のはずだった。入社時に「これまでのペースで働いて、ただ会社のHP制作と電話番だけでいいから」と父の部下の社長に言われていたので、兵庫に行けと言われて腰を抜かした。
怒りのあまり、社長に直談判して「全然話が違うので辞めさせてもらいます」と口頭で伝えた。辞表さえ書くのも面倒だった。
そしたら、社長がめちゃくちゃ慌てだした。なぜなら、社長は人材派遣会社の「代表取締役」の肩書きなのに、会社の運転資金が足りず、父が役員を勤める会社を辞めずに働いていた。年収1200万くらいもらっていたので、勿体無くて辞めるに辞めれないのもあったのだろう。人材派遣会社の営業とかは、一緒に起業した別の役員に任せていた。
父と、父が役員を勤める中小企業の社長は、僕がいることで、今の人材派遣会社を黙認していた。ある意味、僕は人質だったのだろう。僕が辞めたら、人材派遣会社の社長は首を切られるのは間違いなかった。
そこで、「もう倉庫番はやらせないから月に1回程度会社に顔を出してHPで求人募集の原稿書いてくれないか?」と言ってきた。
さすがに、僕も人材派遣会社の社長が、勤務中の中小企業の会社の首を切られるのはかわいそうだと思って、とりあえず月に1回勤務に変わった。
盗人猛々しいと思うのを承知で言うが、翌月の給料日、給料体系が変わって驚いた。月1勤務で月給が25万円。家賃補助ゼロ。
2年前、僕は年収300万円になっていた。とはいえ、さすがに文句は言うのもなんなので何も言わなかった。結局、埼玉の倉庫番をやらされたせいで、出版の連載はゼロになった。
ここから立て直すのが大変だった。これまで、父からおこずかいをもらっていたのも含めると年収1000万円以上あったのに、突然の300万円。ここから、700万円くらい収入を上げないと金銭感覚が追いつかない。
「会社を辞める」と言った時に、社長に向けて契約の見直しを言うべきだった。せめて入社前の契約が守られていないので、あと年収ベースで何百万円かはプラスしてもらわないとワリに合わない。なんせ、こっちは雑誌の連載を5本も降りているのだ。毎月ウン十万円が入ってくるのを切って人材派遣会社に入ったのだ。
紙の雑誌で、連載を持つことがどれだけ大変か? この出版不況の中、ネットの数十倍は厳しい。休職してから2年半。雑誌の編集長クラスと打ち合わせしているのに、いまだ1本しか連載の仕事をもらえていない。
僕は今、ネットサイトの編集と、単行本の編集、雑誌のライティングなどで、なんとか食いつないでいる。確定申告の時期だが、今年の年収は親の仕送りを入れても額面で700万円くらいだ。
これが多いか少ないかは、その人の価値観次第だ。ただ、僕は20の時から上げてしまった金銭感覚のせいで、めちゃくちゃ幸福度の低い生活を送っている。
僕が世間ズレして、クズなのは分かっている。

前述したが、僕が遺産相続で学んだ「お金はもらえる時だけもらえ」と言うのは、この時の経験だ。僕が正社員の人材派遣会社で、ギリギリまで倒産を僕に教えなかったのは、社長が、今の会社に1日でも長くいるためだ。もっと早く、会社がやばいことを知っていたら、退職金分くらいは先に請求していた。なんせ契約を無視し、別の仕事を辞めさせて会社に入れたのだ。会社が倒産間近なことを分かっていたら、他の人には悪いが、自分だけでも今後の保証とかの話もできただろう。今は倒産したせいで、弁護士を通してでないと財産的なことは役員たちと話せない。
ただ、会社の資産でなく、役員たちの個人の資産で数千万円は、まだ残っているのが、とあるところから分かった。要はお金が残っているうちの計画倒産なのだ。
しかも先月に、社長を含め役員を総入れ替えしたことも判明した。
役員の中には仮想通貨を隠し資産で持って、偽装離婚した奥さんと息子に渡しているのも知っている。その役員が使っていた取引所も判明しているので、再度言うのもなんだが盗人猛々しいのは十分承知の上で契約事項が履行されていないことを材料に個人交渉するつもりだ。
今回の倒産でリストラされた社員たちには家族を持ちながら路頭に迷っている人もいる。
新会社を作る役員たちは、そういう人を切って自分達だけを守った。
ただ、僕はクズなので役員が新会社作る時に交渉をして、何かしら向こうがいい条件を提示してこなかったら、いろいろ面白い動きをしようと思う。僕も生活がかかっている、もちろん、二度と入社はしないが。(続く)

Profile
文◉鈴木 宙(すずき・そら)
アメリカ・ワイオミング州で幼少期を過ごす。小学生の時、誕生日に買ってもらったマッキントッシュでプログラミングに目覚めるも、親の事業の失敗により日本に帰国。それ以来、原稿は手書きで書くのが信条。
小学生の時に市内のポートボール大会で優勝し、この競技で世界一を目指すことを決意する。
しかし、中学にはポートボール部がなく、バスケ部に入るも仮入部の段階で突き指をし、部活を断念。演劇部に入る。
とはいえ、演劇部には僕1人しか部員がおらず、3年間1人芝居を余儀無くされる。高校卒業後は、演技の勉強をするためにハリウッドで修行。だが、お金が続かなくなり帰国。その後、3年間、かしわもち工場で、もちに葉を巻きつける仕事をして100万円稼ぐ。そのお金を元にアメリカ・ペンシルバニア州に再度ダンス留学。
このとき、路上でダンスの練習をしていたら、サトシナカモトと出会い仮想通貨に魅了される。でも、後にそのサトシは偽物の詐欺師だったと判明。「ダンサーズコイン」なる偽物の仮想通貨を数十万円買わされて無一文になり帰国。
色々あった後、「仮想通貨で失った金は仮想通貨で取り返せ」を信条にリップルに投資。しかし購入後、大暴落。だが未だにリップルの可能性を追い求めているリップラー。
現在はフリーのライターとして活動すると同時に「月刊仮想通貨デジタル」の記事編集、執筆を手掛けている。
Twitterアカウント→ @sora50050